ハーレーツーリング関連

ハーレー乗りの今日のつぶやき:富山県黒部ダムツーリングその1

まいど!輩す!
o(^ω^)o
人に感染すると6割近い致死率を示す鳥インフルエンザ(H5N1)が、人に感染しやすいウイルスに変異したというニュース。ついにと言うかやはりと言うか…新型インフルエンザに右往左往したのはつい先日。致死性がそれほどまで高くなかったインフルエンザでさえそうだったのだ。今度は一体どうなってしまうのか。末恐ろしい…
さて富山県は黒部ダムまで駆けて参りましたのでその報告!
現地の天気予報の降水確率50%が多少の懸念材料とは言え、出発地ここ神奈川県は快晴。輩は4時半に家を出た。昼間の気温はまだまだ暑いが朝晩は過ごしやすくなってきた。もう9月だもんな。電車に躍る広告は、とっくに秋冬物だっつー話しさ。
キャリアの取り付けに時間を食い、集合場所にたどり着いたのはギリギリオンタイムと言ったところ。おあよーっす!東神奈川ICから首都高に乗り、いざ第二集合場所へと出陣。エンジンブルブル絶好調!足をあげてチ…いやまぁとにかく勝利のポーズをキメたい気持ち一杯な我々一行は、まんまと事故渋滞にハマってしまう。
バイクは渋滞関係なくていいよなー、とバイクに乗らない人々は言う。いやいや関係おおありっすから!神経の使い方と言ったら目が血走るくらいの勢いだしさ。
そんなこんなで予定してた時間を遅れ、第二集合場所のサービスエリアにたどり着いたのは8時少し前となった。ここで合流したのはローグラ黒さんと白スポIさん。さぁ全員が揃った!エイプ黒ヘリさん、T夫妻、N夫妻、輩、そして先の二名を合わせた合計8名が今回の参戦メンバーである。
中央道をひたすら走り長野自動車道へと乗り入れ豊科ICで降りる。黒部ダムにはそのまま車両を乗り入れることはできず、扇沢というトロリーバスの発着所を目指す必要があった。
豊科ICを降りて直進する一行。「重柳」の信号で右折して北アルプスパノラマラインへと突入した。右手に大王わさび農場。ここは明日立ち寄ることにしてそのまま通過し、高瀬川右岸の堤防道路を北上すれば、案内標識に「黒部ダム」の表示が現れはじめる。「蓮華大橋南」の信号を右折して蓮華大橋を渡ってすぐに左折。宿泊場所となる大町温泉郷方面にそのまま直進。扇沢にたどり着いたのは豊科ICを降りてから約1時間ほどだったか?時刻は12時少し前。30分に1本のトロリーバス、通称トロバスの発車時刻直前だった。なんとも停めにくい微妙な場所に愛馬を止めて、トロバスへと乗り込んだ。往復料金2500円也。高っ!(°д°)
電気で走るトロバス。分類上は電車らしいが、所要時間15分のこのトロバスから黒部ダムに降り立ってまず思うのは、「涼しい!」である。
トンネルをてくてくと歩いて黒部ダム側に抜け、とりあえず先に昼飯食べようとのことで、輩がチョイスしたのは黒部ダム名物、黒部ダムカレー。ちょいと緑がかっているカレーは見た目微妙かと思ったがなかなか美味であった。
さていよいよ黒部ダムを目の当たりにするわけだが、そのスケールのでかさはハンパねーぞ!
(°□°;)!!
延べ人数1000万人を投じて関西電力が造り上げたというこのダム。Wikipediaにはこうある。
概要
日本を代表するダムの1つであり、富山県東部の黒部川上流に建設されたアーチ式コンクリートダム。発電に利用する水を確保することを主目的として関西電力によって建設された。ダムの高さ(堤高)は186mで日本一を誇り、現在でも破られていない。総貯水容量は約2億tで北陸地方屈指の人造湖黒部湖(くろべこ)を形成する。総工費は建設当時の費用で513億円。これは当時の関西電力資本金の5倍という金額である。作業員延べ人数は1,000万人を超え、工事期間中の転落やトラック・トロッコなどによる交通事故等による殉職者は171人にも及び、いかにダム建設工事が苦難を極めたのかがうかがえる。
「黒四ダム」の別称もあるが、関西電力では、あくまでも「黒部ダム」であるとしている。また、日本ダム協会によれば、「黒四ダム」の名は仮称として用いられ、後に正式名称が「黒部ダム」と決められたとしている。完成時には世間一般には黒四ダムと呼ばれていたが、最近では黒部ダムという呼ばれるようになっている。
沿革
黒部ダムが建設された地点は黒部川の水量も多く、水力発電所設置に適した場所であることは大正時代から知られていた。ただ、第二次世界大戦などもあり、黒部川の開発は下流の仙人谷ダムおよび黒部第三発電所にとどまっていた。戦後、高度経済成長期を迎えると電力不足が発生し、関西地方では停電が頻発した。その事態を受け、関西電力の代表取締役(当時)太田垣士郎は1956年、戦前に調査(一割強程度)・計画・設計は実施したものの、開戦以降お蔵入りとなっていた黒部ダム建設事業を急遽たちあげた。それは、同社の社運をかけた一世一代の大規模プロジェクトであり、近畿(関西)地方への電力供給ひいては経済活動の命運がかかっていた。黒部ダム建設にあたって工区を5つに分割し、それぞれに異なる建設会社が請け負った。
第1工区…間組
黒部ダム、取水口、導水トンネル、大町トンネル(現・関電トンネル)、御前沢渓流取水工事。なお、ダム工事総括責任者は間組の中村精である。
第2工区…鹿島建設
骨材製造工事。
第3工区…熊谷組
関電トンネル、黒部トンネル、導水路トンネル工事。
第4工区…佐藤工業
黒部トンネル、導水路トンネル、調圧水槽、トラムウェイ・ロープウェイ工事。
第5工区…大成建設
水圧鉄管路、インクライン、黒四発電所、変電所開閉所、放水路、上部軌道トラムウェイ・ロープウェイ工事。黒部ダム建設工事現場はあまりにも奥地であり、初期の工事は建設材料を徒歩や馬やヘリコプターで輸送するというもので、作業ははかどらず困難を極めた。このため、ダム予定地まで大町トンネル(現在の関電トンネル)を掘ることを決める。しかし、破砕帯から大量の冷水が噴出し、死者が多数出る大変な難工事となった。別に水抜きトンネルを掘り、薬剤とコンクリートで固めながら(グラウチング)掘り進めるという、当時では最新鋭の技術が導入され、トンネルは貫通し、工期が短縮された。2006年時点での土砂堆積率は14%であり、ダム本体の耐久性とあわせて考えると、これからも約250年はダムとして機能するとみこまれている。
‐‐‐‐‐
なんともスケールのでかいこの黒部ダム。画像はその放水シーンを激写したところだ。なんと虹も架かっているではないか。輩が覗き込む横で、高所恐怖症のローグラ黒さん。手だけ欄干から出して体はできるだけ崖っぷちから離して写真を撮ろうとする姿、その黒さんの写真撮るの忘れてました笑
景色に感嘆の声を上げた我々は、工期に亡くなった人々に冥福を祈りながらその場を後にするわけだが、壁に掲げられていた「崖っぷちの足場に二名の男性」が写っている一枚の写真。ポケットに両手を入れて爽やかに微笑んでる後ろの男性は、肝っ玉が強靭過ぎるのか、高所恍惚陶酔症か何かなのか… 謎だ。
さぁ宿へ向かうか!トロバスを経由して駐車場に戻り発車した我々に、この後すぐにあることが起こるのだが…もちろんその時の我々は知る由もなかったのである。
つづく
ではでは!

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